智代アフター ~It's a Wonderful Life~ (PS2版再プレイ感想)
前回UPした記事のセリフの検証をしてたらもう一度プレイしたくなったので再プレイしてみました。以下ネタばれありです。
記憶に残っているあらすじにはかなり自信があったのですが、やはり食い違いがありましたね、ほんと人の記憶(私の?)はいいかげんです。
とはいえ大筋はUPした内容と大きく変わりません。
(でもこっそり手直ししときました(; ̄▽ ̄A )
さて、あらためての感想ですが、やっぱCLANNADの朋也(原作の方ね)より智アフの朋也の方が好ましいです。
CLANNADのときはダラダラとしてただけのイメージでしたが、智アフでは頑張りすぎなくらい前向きで大活躍です。
智代と付き合うことになって本来の自分に戻ったってことなのでしょうか?
それから智代のタイプライターによる文字だけの語り、この演出はもろツボですね。
ひとつだけ残念なことは朋也の声のイメージがちょっと…ヘタすぎ。朋也の声が聞けるのは後半の回想シーンだけなんだけど、はっきり言って声は無い方が良かったです。
智代の方は喋り方が似ているので違和感ないんですが、ところどころ桑島ボイスに脳内変換してしまいますw

今回の再プレイでの一番の感想は、
ラストの解釈が前回と微妙に変わったことです。
智代の「私はもうこんなに…」と言う最後のセリフの続きは、"私はもうこんなに歳をとってしまった"と解釈したのですが、私はエンディングのラストカットの朋也と智代が手を取り合っているグラを見て、その若さから"朋也は数年後目覚めた、言うほど歳はとっていない"と判断しました。
しかし今回の再プレイでラストカットのグラはともの母親に頼まれて渡した写真の中の一枚と同じものだったことに気がつきました。
ってことは最後のカットは若かりし日の朋也達の姿だったってことになります。だからもしかすると"あの頃と変わらぬ日々をこれから過ごして行こう!"って意味でこのグラを使ったのだとしたら朋也が再び目覚めたのはあるいは数十年経ってからのことだったのかもしれません。
エンディングでの智代のグラは後姿だけでしたしね。
もしも50歳、60歳~だったとしたら
- 永遠に続いていく愛はある -
のセリフの重みが増すのは確かなんですが…。
うーんでもなぁ…せいぜい30歳前後だと思いたい…。
ちなみにWikipediaで智アフの項を読んだとき、PS2版ENDを、
-智代の死後あるいは夢の中とも解釈するプレイヤーもおり-
との説明に、
うは!人によってはPS2版もBADENDって解釈するのかよ!?と軽く鬱状態にさせられてしまいましたw
でも永眠してしまうPC版をプレイされた方なら、PS2版ENDもそー思う人がいてもおかしくないかもしれません。
実際PS2版でのラストシーンは智代の語らいがすべて終わり、エンディング曲とスタッフロールが流れ終わった後に追加されているもので、追加シーン前までの智代の語りからは朋也は死んでしまったとしか思えない過去形口調で〆られているからです。
その終わらせ方だけでもそれなりに納得出来るのですが"It’s a Wonderful Life=すばらしき人生"を過去形で見せられたまま終わるのは、やはり鬱な気持ちになってしまいます。
なので智代と朋也の二人にはまだまだこれからも人生のすばらしい宝物を探してもらいたい!って意味もこめて、私は"数年後に目覚めた"と言う解釈で納得することにします。
追記
このゲーム、個人的にはかなり好きな作品です。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)














最近のコメント